私の人生と音楽

第3回 打楽器の道へ

高校3年の夏休み、本来であれば部活も引退し受験に専念するのが普通なのですが、私は相変わらず吹奏楽部に関わっていました。そこに熊本県吹奏楽連盟から吹奏楽講習会を急遽開催するという連絡が来て、勿論打楽器パートも含まれているというのです。これまで独学でやって来ていた私に取って正しい奏法を教わる又とないチャンスが来たのです。

 

急に決まったのには理由がありました。当時の県連の理事長は九州学院高校吹奏楽部(弟が所属していました)顧問の白川先生でしたが、その白川先生の息子さんが東京芸大のトロンボーン科2年在学中で同級生が夏休みに熊本に遊びに来る事になり、旅費稼ぎに講習会を開いたらという話になったそうです。2日間じっくりと講習してもらえるという事で私はいそいそと参加しました。打楽器の先生は今村三明さん(後にNHK交響楽団、元愛知県立芸術大学教授)でした。正しい奏法を知らなかった私には全て目から鱗状態で、打楽器の基本である小太鼓の基礎奏法の中で最も重要なロール奏法の「二つ打ち」については今村さんのスゴ技に圧倒され、初めて正しい練習の仕方を教わりました。夢の様な2日間でした。プロを目指して勉強している人はやはり凄いなと感動し、自分もあの様に上手くなりたいと思いました。早速、翌日から学校へ行き小太鼓の練習台に向かい最初から練習のやり直しを始めました。

 

8月末になって白川さん(息子さん)から突然電話が有り「話したい事が有る、遊びに来い!」というのです。何事かと思い出かけて行くと「今村が一人だけ面白い生徒がいたと言っている、どうもお前の事らしい?」というのです。「独学にしては非常に素直で良い叩き方をしていた。打楽器のセンスも有りそうだ」と言って下さったそうです。色々話を聞いているうちに打楽器をチャンと勉強したいと思う様になりました。

 

実はこの年の春、弟が所属する九州学院吹奏楽部ではオーボエを購入し何故か弟が担当する事になりました。当時の熊本県の吹奏楽部でオーボエを持っている学校は全く無い状況で教えてもらうにも誰もいないという状況でした。オーボエはリード作りが大事でそれを教わるにはチャンとした先生に師事するしかなく、弟は白川さんの紹介で芸大の先生にお世話になるという事になり、両親はそこまでするなら音楽大学に進学させようとしていました。この様な状況の中で白川さんの話を聞いた私は「弟が音楽大学に進学するのなら、俺も打楽器で音楽の道に進みたい!」と思う様になりました。

 

9月に入り、両親に自分の思いを話しましたが当然反対されました。しかし「修(弟)が行けてどうして僕が駄目なのか?」と食い下がり、白川さんと今村さんに可能性を聞いてから判断するという事になりました。母が友達で電電公社に務める方のお宅まで行って電話をお借りして(当時東京まで電話するのは料金が高額で自宅から電話するのが大変だった様です)東京の今村さんに電話をして相談したところ、今村さんは「いいんじゃないですか!可能性は充分ありますよ!10月に芸大の小宅先生(当時の東京芸大打楽器科教授の小宅勇輔先生)が吹奏楽コンクール全国大会の審査員で長崎に行かれるのでお会いになってみたら如何ですか?」と言って下さいました。

 

10月1日にやっと父からの賛同を得る事が出来ました。その後、母と長崎に行き小宅先生にお会いし「最低3年は覚悟しなさい。高校を卒業して、東京に出て来てからレッスンを始めましょう」と言って頂きました。先生も今村さんから私の事を聞いて頂いていた様で「後の事は、私に任せなさい、兎に角全ては来春東京に出て来てから」との事でした。父は母から小宅先生の話を聞いて「3浪までは面倒見る、3浪で駄目だったら俺が就職先は決めてやるから高卒で就職しろ」と言ってくれました。(第1回に書きましたが、父は職業安定所の職員でした)身が引き締まる思いだった事を覚えています。 音楽大学を受験するには何をしなければならないかを調べてみると専門の楽器以外に副科のピアノ・ソルフェージュ(聴音書取・コールユーブンゲン)が必要という事が分かり、当時母が立ち上げたママさんコーラスの指導に来ておられた熊本大学音楽科の田中先生にお世話になり、ピアノ・ソルフェージュのレッスンを始めました。当然、現役での受験は無理な訳で、周りの同級生が受験勉強で必死になっている時に、私は高校に行っている間は可能な限り部室に通い小太鼓の練習台と向き合い、今村さんから夏の講習会で教わった基礎練習に没頭する生活が始まりました。

 

この夏の講習会からの一連の出来事が私の一生を決めるターニング・ポイントとなりました。 翌年2月に母と上京し、今村さんのお宅と小宅先生のお宅にご挨拶に伺いました。今村さんからは「大変だけど頑張れよ」と励まして頂き、小宅先生からは東京に出てからの副科を見て頂く先生方をご紹介頂きました。それらの先生方のお宅にもご挨拶に伺い、3月からのレッスンの相談をさせて頂き、浪人生活の準備が整いました。

 

第3話 完  次回に続く

 

第5回定期演奏会プログラムより転載 2011-9-19